年末調整は、従業員の所得税の過不足を調整するために、企業が年に1度行う手続きです。年末調整を行うには、従業員にさまざまな必要書類を提出してもらい、それをもとに税額を計算する必要があります。従業員の数が増えるほど年末調整の手続きも煩雑になり、業務担当者の負担も大きくなるでしょう。
このような年末調整にかかる業務負担を軽減できる方法が、年末調整のオンライン申請です。オンライン申請を利用すれば、従業員から必要書類をデータで受け取ることができ、税金の計算や税務署への申告などの業務が効率化されます。
ここでは、年末調整のオンライン申請の流れやメリット、注意点などのほか、企業が税務署や市区町村へ提出する書類を電子化する、年末調整の電子申告についても解説します。
目次
年末調整が近づくと、毎年のことながらその膨大な作業量や手間から、担当者はほかの業務にあてる時間が圧迫されるなど、面倒な作業というイメージが払拭できない手続きのひとつです。年末調整にはどのような負担があるのかを紹介します。
年末調整とは、給与や賞与から源泉徴収した所得税の過不足を調整する手続きのことです。
企業は、従業員に給与や賞与を支払う際に所得税を源泉徴収(天引き)して、本人に代わって納税しています。ただし、源泉徴収している所得税は概算であり、本来納めるべき税額とは必ずしも一致しません。
そこで企業は、1年間の給与が確定した時点で、各種保険料の控除などを含めて、個々の従業員の所得税を計算し直します。そして、源泉徴収した税額と正しい税額の差を算出し、納め過ぎていれば還付を、不足していれば追加徴収を行います。この一連の作業が、年末調整です。
給与や控除の額は従業員によって異なるため、企業は一人ひとりの状況を把握し、税額を計算しなければなりません。さらに、源泉徴収は税金の還付や追加徴収をして終わりではなく、法定調書を作成し、定められた期限までに税務署などへ提出する必要があります。限られた期間で膨大な作業をこなさなければならず、年末調整に関わる業務担当者の負担は非常に大きくなります。
従来、年末調整は紙の書類による手続きが主流で、それも業務負担を増大させる一因になっていました。
紙の書類による年末調整手続きでは、まず、従業員が各自で取得した控除証明書などから申告書を作成して、勤務先の会社などに提出します。一方で会社などは、従業員から提出された申告書や控除証明書の内容を確認し、給与システムに入力すると同時に、不備があった場合には従業員への修正依頼を行います。
こうして税額を計算し、税金の還付や徴収を行ったら、今度は法定調書を作成し、必要書類をまとめて税務署と市区町村に提出します。さらに、年末調整に関わる書類は、7年間保管しなければなりません。
紙ベースで行う年末調整は、書類の回収、作成、確認、修正、保管と作業の手間が膨大になり、従業員と企業の双方に大きな負担となっていました。
このような年末調整の業務負担を軽減するために導入されたのが、年末調整のオンライン化です。「従業員から企業への控除証明書や各種申告書の提出」と「企業から税務署・市区町村への法定調書の提出」という2つの手続きが、それぞれオンライン上でできるようになり、年末調整業務の大幅な効率化につながっています。
2020年10月から年末調整に関する書類の電子化が導入され、従業員は、生命保険料控除や地震保険料控除、住宅借入金等特別控除などの書類を、電子データで企業に提出できるようになりました。従業員は、保険会社などから控除証明書をデータで取得でき、さらに、そのデータを反映した年末調整申告書を電子データで勤務先に提出することができます。これを、年末調整のオンライン申請といいます。
年末調整のオンライン申請によって、企業側も、従業員から提出されたデータを給与システムにインポートして、効率良く年末調整の計算を進められるようになります。
年末調整に際して企業が作成する法定調書も、電子データで税務署や市区町村に提出することが可能です。これを、年末調整の「電子申告」といいます。
2021年1月からは、法定調書の種類ごとに、前々年に提出する必要があった法定調書の枚数が100枚以上であるものについては、光ディスクなどか、e-Taxやクラウドサービスなどによる電子申告が必須となりました。例えば、2021年1月に提出した「給与所得の源泉徴収票」の枚数が100枚以上だったなら、2023年1月に提出する源泉徴収票は電子申告を行わなければなりません。
従業員がオンライン申請をする場合は、控除証明書をデータで集め、自分で年末調整ソフトに必要事項を入力する必要があります。年末調整のオンライン申請の基本的な流れは、下記のとおりです。
保険会社などが発行する控除証明書をデータで取得する手続きは、従業員が各自で行います。控除証明書等のデータを取得するには、マイナポータル連携を利用する方法や、各保険会社のWebサイトからダウンロードする方法などがあります。
年末調整ソフトを使って、従業員が各自で住所や氏名など必要項目を入力し、1で取得したデータをインポートして、年末調整申告書の電子データを作成します。
従業員は、1の控除証明書等データと2の年末調整申告書データを勤務先の企業に提出します。なお、データで提出できるのは下記の書類です。
<年末調整申告書関係>
<控除証明書等関係>
企業は、3で従業員から提出されたデータを給与システムなどにインポートし、年税額を計算します。オンライン申請を利用することで、年税額は自動計算されます。
企業は、従業員から提出された各種申告書などのデータを保管する必要があります。保管期間は、その各種申告書の提出期限(対象年の翌年1月10日)の翌日から7年間です。
従業員から企業に対して行う、年末調整のオンライン申請の手続きを確認してきましたが、オンライン申請ができれば従業員と企業の双方の作業を軽減できます。そのメリットをそれぞれ見ていきましょう。
従業員にとってのオンライン申請の大きなメリットが、書類の作成が簡単になることです。紙の書類で年末調整を行うと、従業員は、保険会社などから送られてきた控除証明書を確認しながら、手書きで各種申告書を作成することになります。紙の申告書を作成するのは手間がかかる上、難しい用語などもあり、不明点やミスが生じやすいものです。それに対して年末調整ソフトは入力が簡単で、必要書類をスムーズに作成することができます。
さらに、オンライン申請なら、書類の作成から提出までをインターネット上で完結できます。そのため、在宅勤務の従業員が書類の受け渡しのためにわざわざ出社したり、支社や支店から申告書などを郵送したりする必要がなくなります。
また、紙の書類で年末調整を行う場合、控除証明書などを紛失してしまうと、保険会社などに再発行を依頼しなければなりません。オンライン申請なら控除証明書のデータをいつでも取り出せるので、紛失による再発行の作業も不要になります。
年末調整のオンライン申請による企業側の大きなメリットは、業務の効率化です。従業員から提出された各種データを給与システムと連携させることで、個々の従業員の年税額が自動的に計算されます。紙の申告書を見ながら手入力する必要がなくなり、手間と時間が大幅に削減されるでしょう。手作業で起こりがちな入力ミスや計算ミスも防ぐことができます。
また、年末調整のオンライン申請は、管理コストの削減にもつながります。申告書などを紙ではなくデータで管理することで、印刷のための用紙代やインク代のほか、保管スペースを確保する必要もなくなります。
さらに、オンライン申請で従業員から申告書などを受領することで、税務署や市区町村への電子申告もスムーズになります。作成した電子データは「e-Tax(国税電子申告・納税システム)」や「eLTAX(地方税ポータルシステム)」を利用して送ることができるので、紙の書類を印刷したり郵送したりする手間がかかりません。
■紙での申告と電子申告の違い
紙での申告 | 電子申告 | |
---|---|---|
提出物 | 紙に印刷された書類 | 電子データ |
提出方法 | 郵送 | 申告システム(e-Tax、eLTAX) |
年末調整の計算が完了したら、企業は源泉徴収票をはじめとした法定調書を作成し、税務署と市区町村に提出します。この法定調書の提出は、「e-Tax(国税電子申告・納税システム)」や「eLTAX(地方税ポータルシステム)」を利用した電子申告が可能です。
企業が年末調整の電子申告をする際には、次のような準備が必要です。
電子証明書は、インターネットを利用したデータのやりとりにおいて本人確認の役割を果たすものです。電子申告を行う際には、送信されたデータが利用者本人によって作成され、改ざんが行われていないことを確認するため、電子署名が必要になります。
そして、電子署名を行うためには、事前に電子証明書を取得しておかなければなりません。e-TaxやeLTAXで利用できる電子証明書にはいくつかの種類がありますが、その中でも、法人の代表者などに対して登記所が発行しているのが、「商業登記に基づく電子証明書(商業登記電子証明書)」です。商業登記電子証明書は、法人の本店所在地を管轄する登記所に発行申請をすることで取得できます。
法人代表者のマイナンバーカードなど、ICカードに組み込まれた電子証明書を利用する場合は、ICカードリーダライタとそれを使用するためのデバイスドライバが必要です。
税務署への電子申告でe-Taxを利用する際には、利用者識別番号が必要です。利用者識別番号は、納税地を所轄する税務署に「電子申告・納税等開始(変更等)届出書」を提出すると発行されます。また、「e-Taxの開始(変更等)届出書作成・提出コーナー」など、Webサイト上で利用者識別番号の取得手続きを行うこともできます。
市区町村への電子申告は、eLTAXを利用して行います。eLTAXから手続きを行うには、利用者IDが必要です。初回の利用時にeLTAXサイトから利用届出(新規)を行い、利用者IDを取得しましょう。
年末調整後に企業が提出しなければいけない書類は、主に下記のものです。提出期限は翌年1月31日です。ただし、これは修正を含めた期限なので、年末調整の計算を終えたら、できるだけ早く書類を提出するようにしましょう。
給与所得の源泉徴収票には、1年間に従業員に支払った給与や賞与の総額、控除額、納付した所得税額などが記載されます。従業員一人ずつに作成して本人に交付し、同じ内容のものを税務署に提出します。
法定調書合計表(給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計表)は、税務署に提出する各種法定調書を取りまとめた書類です。源泉徴収票や支払調書などの法定調書とともに税務署に提出します。
給与支払報告書は、1年間に従業員に支払った給与を確認するための書類です。従業員が居住する各市区町村に提出し、住民税額が算定されます。従業員の個人情報を記載する「個人別明細書」と、それらを取りまとめる役割を持つ「総括表」という2つの書類で構成されています。
法定調書は、e-TaxやeLTAXを利用してオンライン上で提出することが可能です。e-TaxやeLTAXで、法定調書のデータを1枚ずつ手入力することもできますが、それでは手間がかかる上、入力ミスが起こる可能性も高くなります。法定調書のデータをスムーズに提出するには、e-TaxやeLTAXと連携した電子申告ソフトを使用するといいでしょう。
それまで紙の書類で行っていた年末調整手続きをオンライン申請に切り替える場合は、従業員に対して必ず事前告知を行いましょう。紙からオンライン申請に変更すると、保険会社などからの控除証明書データの取得や各種申告書データの作成など、従業員が行う作業もそれまでとは変わります。オンライン申請によって社内の混乱を招くことがないように、余裕をもってしっかりと周知させることが大切です。
また、オンライン申請では、従業員が年末調整ソフトを使って申告書を作成することになります。国税庁からも「年末調整控除申告書作成用ソフトウェア(年調ソフト)」が無償提供されていますが、書類の作成に慣れていないと操作に戸惑うことがあるかもしれません。従業員や業務担当者の負担軽減を優先するなら、市販の年末調整ソフトの利用を検討するのもいいでしょう。市販の年末調整ソフトは、給与ソフトとの連携やわかりやすい入力画面など、年末調整をスムーズに進められる仕様となっています。
年末調整のオンライン申請を行うと、従業員と企業の双方の負担を軽減することができます。年末調整のオンライン申請と併せて、税務署や市区町村への電子申告を行えば、年末調整に関わるすべての手続きをオンライン上で完結できます。
年末調整のオンライン申請をスムーズに進めるには、業務担当者にとって使いやすいソフトの導入が不可欠です。申告書作成ソフト「年調・法定調書の達人」や電子申告ソフト「電子申告の達人」は、給与ソフトとの連動や強固なセキュリティなどの機能を備え、業務効率化とコスト削減を実現します。年末調整に関わる業務の効率化を進めるために、ぜひ導入をご検討ください。
監修者
石割由紀人(石割公認会計士事務所)
公認会計士・税理士、資本政策コンサルタント。PwC監査法人・税理士法人にて監査、株式上場支援、税務業務に従事し、外資系通信スタートアップのCFOや、大手ベンチャーキャピタル、上場会社役員などを経て、スタートアップ支援に特化した「Gemstone税理士法人」を設立し、運営している。